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研修でインドに行ってまいりました~!!!(名古屋営業所)

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ちょっと前の情報になりますが・・・

新入社員としてインドへ研修旅行へ行ってまいりました!!

12/8~12/15の8日間。。。

新しく就航された全日空の直行便を使ってデリーまでひとっとびー→

 感想レポートをまとめましたので

読んでみてください。(長文失礼いたします。。。)

旅行記

12月8日(土) (1日目)

成田 → デリー

成田では機材のトラブルで出発時間と搭乗ゲートが変更となった。

微妙な時間であったため、搭乗口にて待機していたが、出発予定1時間前になり、搭乗券の提示にて食事がサービスとの案内があった為、各自自由に軽食をとり成田を出発した。

およそ9時間半の空路。機内では夕食と到着前に軽食が出された。

 デリーのインディラガンジー国際空港に到着。入国手続きをすませ、空港にて両替をし、空港外のバス乗り場につくころには3時となっていた。滞在する時間は短いものの研修ということもあり一旦デリーのシャンティパレスホテルへとチェックインした。チェックイン後は現地ガイドとの行程の打ち合わせを済ませてしばし休眠。

 

12月9日(日) (2日目)

デリー → ラクノー → スラバスティ

 バスにてまたインディラガンジー国際空港へと戻り、今度は国内線にてラクノーまで。早い時間の為ホテルでの朝食はなく、空港内で軽食をとる時間も厳しかったため、そのまま搭乗した。1時間ほどのフライトであったが機内では軽食がでた。ラクノーに到着した後は現地手配の大型バスにて仏跡地を目指した。途中トイレ休憩もかねて、休憩場所へ。サモサとチャイを食べた後に出発。スラバスティ―に到着し、祇園精舎と舎衛城、アングリマーラストゥーパ―を拝観した。祇園精舎ではタイ人の仏教徒が阿難菩提樹の下で熱心にお経を唱えられていた。舎衛城ではスダッタ長者の屋敷跡の一番上に登ってみた。そこから見える景色に当時のコーサラ国の姿を重ねて想像してみた。近くにはアングリマーラが改心したとされるストゥーパーが立っており、こちらにも訪れた。入り口には幾人もの子供たちが集まってきていたのが印象深かった。この日のホテルはスラバスティ―のロータスニッコーホテル。18:30からホテルにて夕食。日本から持ち込んだ麦焼酎にサービスマンも興味深々であった。ミーティング後、解散。就寝。

 

12月10日(月) (3日目)

スラバスティ― → ルンビニ → クシナガラ

 今回の行程の中でもかなりきつめの1日。長時間バス移動。

スラバスティ―を早朝5時に出発し、バスにて国境の町スナウリを目指す。激しい濃霧でしかも明朝の為まだ道路は暗く、街灯もない。当日担当添乗員という事もあり、バスの前の席にて前方に続く道をずっと眺めていたが、10m先も黙視できない状況なのに運転手はスピードを緩めずどんどんとばす。なかなかのジェットコースター気分だった。道中は大変に悪路であり、国境の町に着くまでにおおよそ6時間ほどバスに揺られていた。また、朝方はひどく冷え込んでおり、皆にホッカイロを渡して回った。途中路肩にバスを止めて休憩。インドにて初めての青空トイレ。最初はとまどいが多いが、現地人は当たり前のようにすぐ後ろを通り過ぎていく。国境では前日に用意してあった、人数分の入・出国カードとパスポートを提示しネパールへと入国。幸い人も少なくスムーズに手続きを終えられたので12時半にはルンビニの法華ホテルへと到着。昼食を食べることが出来た。昼食後は近くにあるホテル・カサイを見学さしていただいた。3年前に建てられたという新しいホテルであった。そのままバスはルンビニ園へ。バスを近くの駐車場に止めた後は入り口までリキシャ-にて移動。歩けば20分程はかかったであろうか。マヤ堂や内部のマーカーストーン、アショカ王柱などを拝観。菩提樹のもとで瞑想されていた修行者に話しかけられたので、日本の般若心経を渡してあげた。ルンビ二を後にした後は一路クシナガラへ。また出入国手続きを国境にてすませ、ひたすらバスは進む。ルンビ二を出発したのが15:30.途中ゴーラクプルの市街地を抜けるのに時間がかかったが、本日のホテルロイヤルレジデンシーに到着したのは21:00頃であった。

その後、すぐ夕食を食べ、本日もミーティングの後解散。就寝。

 

12月11日(火) (4日目)

クシナガラ → ケサリヤ → バイシャリ → ラジギール

 朝食を6:15からとり、本日も7時出発と早めであった。朝方空が曇り空で少し雨がぱらついていたかと思ったら、ただ朝露が大量に落ちてきただけだった。ホテルから5分程で荼毘塚へ到着。霧がかかるなか1周ぐるりと拝観。一度バスに乗り込んだが5分ほどで大涅槃堂へと到着。売り子や物乞いが多く、間を通り抜けながら道内へと。中はお経をあげられている団体などで込み合っていたが、涅槃像の大きさとその威厳に圧倒され、正直気にする余裕もなかった。涅槃堂の後は同行した大阪営業所の吉田さんの案内にて近くの小学校へ。まだ早い時間という事で子供たちはまだ登校していなかったが、中にて担当教員の方に実際に使用している教科書などを何冊も見せて頂いた。英語のレベルとしては中等部のものを見ても日本より進んでいるのではないかと感じた。仏蹟を拝観した後は一度ホテルに戻り、ランチパックを積み込んだ後、再度出発。2時間ほどでまずケサリアへ到着。到着後はケサリアストゥーパ―へ。近年発掘されたというストゥーパ―だがその大きさに驚いた。道もここ10年の間に出来たものだという。警備員がストゥーパ-の周りをうろついており、他の観光客でストゥーパ-へ登ろうとしていた人に遠くから大声をだして注意していた。拝観後はストゥーパ―近くの「ZEN」というレストランの2階のスペースをお借りしてホテルのランチボックスを食べた。インドのランチボックスとしては上等なレベルということだが勉強になった。ケサリアを出発した後は猿王奉密の地バイシャリへ。ケサリアからはおよそ1時間半ほど。バイシャリのリリックストゥーパ―でバスを降りたとき、そのあまりにも昔ながらの風景に驚かされた。入り口までの間の村は今でも農耕生活で、家の壁は牛糞と藁を乾かしたもので固められ、屋根は藁で出来ていた。当時のままの生活を思わせるその有り様に、インドに来たことをはっきりと実感することができた瞬間はこのときだったように思う。リリックストゥーパ―は仏舎利の一つが納められた場所であるが、暖かい季節になるとこの地に様々な花を咲かせるという。また違う季節にもインドを訪れてみたいものである。

夕方前にバイシャリを出発し、バスは本日の宿泊地のラージギルヘ。途中、同行者の希望で路肩にバスを止め、インドの悠久の大地に沈む夕日を眺め、皆で写真におさめた。今度訪れる際は1眼レフカメラを購入しようと思う。21時前にホテルに到着し夕食。ラージギルの法華ホテルでは大浴場を用意してもらった。が、新入社員組はいつものミーティングにてそのまま就寝。

 

12月12日(水) (5日目)

ラージギル → ブッダガヤー

 今日は比較的ゆったりとした朝。朝食後はひとまず霊鷲山へ。入り口からどんどんと山道を登って行く。思っていたより長い道のり。比較的ゆったりとした斜面だが頂上に着くころには軽く息があがってしまった。長城ではタイ人の仏教徒がお勤めをしておられたが、ちょうど瞑想の時間であり静かな時間の流れの中でご一緒させて頂いた。もう少し、靄が晴れ景色が見えていたら尚よかったであろうに、この日は視界が悪いままであった。下山の際には観光客も増えてきて駕籠を使う観光客もちらほら見えた。

霊鷲山をおりてビンビサーラ王の牢獄跡へ。今はただ四辺を石塁で囲まれただけの跡地が残るだけだが、当時は堅個な壁に囲まれた監獄であったという。仏教布教において多くの功績を残し、自身もまた釈尊への多大の支持を寄せたビンビサーラ王の牢獄を霊鷲山から釈尊や王婦のイダイケはどんなまなざしで見つめていたのであろう。後は一路竹林精舎へ、もともとはビンビサーラ王が釈尊が悟りを開かれた際に寄進したもので、仏教最古の寺院であるが、売り子の勢いが強いというイメージがすごく残っている。

竹林精舎からはナーランダにあるナーランダ大学の跡を拝観。大きな敷地に様々な遺跡が発掘されており、当時の一番の仏教大学だったというのも頷ける。現地の学生も多々見学に訪れていた。時間をかけてじっくりと敷地内を見て回ったが他の仏跡地に比べても当時の形が残っているものも多かった。仏教が今現在の形として世界中に残っているのもこの地での繁栄が多大なる功績であり、そこまで繁栄した文化が12世紀にいったいどのように衰退したのかも気になるところであった。

ナーランダからまたラージギルのホテルまで戻り昼食。昼食後はブッダガヤまで移動。2時間半ほどでまずスジャータの村へと到着した。

スジャータの村はストゥーパがいきなり村のとなりにズンと現れる。バイシャリの農村もそうだがこの村も同じようにその昔のままの姿を残す。ストゥーパ―の周りには有刺鉄線が張り巡らされていた。

スジャータの村から10分くらいで大菩提寺へ。少し手前でバスから降りたが、観光客がこの旅行の中で1番多く見受けられ、伴って土産物を売る露店や売り子の姿で入り口前は大変に賑わっていた。

 入口にて靴を抜いて大菩提寺正面の階段を降りていく。いろいろな場所で沢山の僧侶たちが各々修行に明け暮れていた。訪問した際は1週間前にチベット仏教の浄土会が終了したばかりだという事で大塔周りはたくさんの花が供養されていた。時計回りに外周を回り、いよいよ本堂の中にと思ったところ、カメラ・携帯は中に持っていくことすら禁止と言われ、添乗員に任せた。以前は禁止というだけであったがここ最近に変更になったようだ。こうやってどんどん規制が厳しくなるのも少し残念に感じた。

 大塔を拝観した後は外の露店街にて少し自由散策。怖いうわさも聞いていただけに慎重に見て回る。音楽が大音量で響いていたが、少し大塔の雰囲気にはそぐわないように感じた。

 ホテルに戻る前にこの大菩提寺にほど近く、歩きでも行ける距離であるホテルスジャータを見学させて頂いた。

ブダガヤのロイヤルレジデンシーホテルには珍しく早く18時に着いた。ホテルのスタッフはどなたも感じがよく、サービスにも気を使ってくれた。食事も21時には終わり久しぶりに早めの就寝となった。

 

12月13日(木) (6日目)

ブダガヤ → ベナレス

 6日目はブダガヤからベナレスまで移動。

 朝も早めに出発してひたすらバスで移動。6時間ほどかかり12時頃ベナレスのラマダホテルへ到着した。最後の宿泊地という事で大きく大変綺麗なホテル。この旅行で初めてカードキーを頂いた。昼食も立派なレストランで味付も比較的大衆的なものだった。デリーでは深夜と早朝に滞在しただけだったのでベナレスの街はそれまで訪れた街から比べて大変のにぎわいを感じた。ホテルを出てからはまず絹工場で生産の過程を説明を受けながら見学。実際の商品も机いっぱいに広がるほど見せて頂いた。参加した女性社員たちはこちらでサリーの試着。さすがBS観光の社員。よく似合っていたように思う。絹工場を出てからはサールナートの歴史博物館の見学。後はすぐ近くのダメークストゥーパへ。大きな公園内には現地の人々の癒しの場としても存在しており、さまざまな人々が敷地内でゆったりと過ごしていた。仏跡地としては最後に訪れる事となったムラガンダクーティ寺院では今回の仏跡地巡拝の総まとめとして日本人によって描かれた堂内の壁画を見ながら今回の旅行を釈尊の生涯を通じながら振り返った。

 仏蹟地巡拝も終わり、ホテルに戻る前にベナレスのホテルを見学しようという事で、急遽「GATEWAY HOTEL」、「Radisson HOTEL」、「CLARKS VARANASY」の部屋やレストラン、土産物などをスーパーバイザーの説明を受けながら見学した。

 ホテルでの夕食は19時半からであったので、ホテルに帰ってから少し自由時間をとり、ホテル近郊を少し出歩いてみた。ブランド品ばかりをとりあつかったビルの中にはマクドナルドがあったが、ファストフードであるマクドナルドがインドでは高級品となることに驚いた。夕食では晩餐会となり旅行での反省も含め感想をお互いに発表した。明日は飛行機前ということなのでこの夕食が最後の酒盛りとなり、インドのラムや、インドのワインを堪能した。特にインドの赤ワインに関しては料理に負けない独特な強みがあり、日本ではなかなか巡り会えない味とその料理との相性になかなかのペースですすめてしまった。夕食後はいつものミーティングを行った。

 

12月14日(金) (7日目)

ベナレス → デリー

ベナレスといえばもちろん朝のガンジス川の沐浴。この日は6時にホテルを出発して沐浴を見学しに行った。ガートに近づくにつれいろいろな音楽や音、人々の声や熱気が伝わってくる。当日は思っていたよりも冷え込んでいたが、沐浴をされている人々はなれた様子で黙々と聖なる河ガンガーで身を清めていた。ボートに乗り込み沐浴風景を見つめながら岸辺で購入した花に火をつけて流した。ボートの上から見るガートは様々な人であふれていた。選択をする人や沐浴をする人。お祈りをする人や火葬を行う人。沐浴には興味があったが、あまりの寒さに入らずじまいだったのを今でも後悔している。一方観光客側も動力船が勢いよくガンジス川を走っていたり、火葬場風景を平気で撮影する人、定員オーバーを疑う量程人を詰め込んだボートや、カモメに餌を施す仏教徒など違った意味でにぎわいを感じた。聖地を巡拝するにあたり、巡拝する側のマナーについても考えさせられる場面がこの旅行中にも何度かあった。旅行会社として決して無視できない問題の一つであることを感じさせられた。

 ガンジス川からあがり元のバスまで入り組んだ狭い路地をひたすら進む。観光としてではない現地の方の生の生活を垣間見ることができた。

 ホテルへと戻り各自朝食。午前中は自由時間となったのでベナレスの駅周辺を観光してみる事にした。ホテルからリキシャ-を使って50RSでベナレス駅へ。日本の出勤ラッシュを思わせるほどの人がいたが、それ以上に皆騒がしい。インドの人々が日本のあの無言で駅を行き交う人々を見たらどう感じるのであろうか。

 旅行中はなかなか車が行き交う所を徒歩で横断する事はなかった。ここで初めて体験する事になったわけだが、もちろん手を挙げても止まってくれる車はない。強引に現地の人に合わせて移動した。街中にはゴミと活気があふれていたが、インドの熱気を一番感じることができた。お土産の菓子や現地のアルコール類を購入し、またホテルへと戻った。昼食も各自で取り13時半に集合。ベナレスの空港へとバスで移動した。

 デリーへは1時間半ほどで到着。夕食前に一般旅行の際によく訪れるという土産屋へより、品ぞろえなどを確認した。また5つ星のシャングリラホテルにも立ち寄ったが、レストランにおいてBBQコーナーに牛肉があったことに驚いた。夕食は最後にインド料理を。ということで市内の「Lazeez Affaire」へ。これでもかというくらいにテーブルには料理が運ばれてきたが、やはり私はインド料理に抵抗がないらしく、お腹を壊すといったこともなく、最後まで美味しく頂いてしまった。

 21時半に夕食場所を出発し、とうとう帰路へ着くためインディラガンジー国際空港へ。

 

 

12月15日(土) (8日目)

デリー → 成田

 空港到着は22時15分。チェックイン、手荷物検査を行い、一度解散した。

 解散中には空港内の免税店でそれぞれ最後の買物をすませたり軽食を召し上がったりなどしていた。最集合時刻の0時半に集まった際に最後の解散式を行い、搭乗ゲートへと移動。若干のディレイがあったが(20分程)1時半にはいよいよインドを出発した。

往路は9時間半かかったが、復路は6時間半ほどで到着予定。夜食対応の軽食のパンと朝食が提供された。日本時間にて12時過ぎに成田空港へと到着。デリーにて解散式は済ませていたが、日本入国後再度集合し最後のあいさつなどをして解散となった。

 

 

インディラガンジー国際空港を降りたときからその独特な匂いにまず嗅覚を刺激され、道中を走る車、リクシャー、自転車の息を吐くかのように鳴るクラクションに聴覚を刺激され、独特な香辛料を使った料理の数々に味覚を刺激され、まるで2500年前にタイムスリップしたような悠久の大地や立ち込める砂埃に視覚を刺激され、体をとりまくインドの人々の熱気に触角を刺激され…とにかく五感のすべてでインドという土地は今まで過ごしてきた日本とは明らかに違うということを実感させられました。今回の行程はインドの八大仏蹟地のうちの7つを8日間でまわるというなかなか厳しい行程でしたが、長いバスの道中でも目に入ってくる光景の1シーンでも見逃せないような気分にさせられました。

(研修レポートより抜粋)

 

インドに行くと価値観が変わるという人がよくいます。

価値観を変えてしまうほどの刺激。味わってみたい方。。。

 

ぜひ、ご相談ください!!!

名古屋営業所 伊藤